大阪高等裁判所 昭和33年(ラ)182号 決定 1958年11月19日
抗告人 土居冷凍株式会社
相手方 大阪府知事 赤間文三
主文
原決定を取り消す。
本件検証の証拠保全申立事件を大阪地方裁判所に差し戻す。
当審において申し立てた証人及川逸平尋問の証拠保全申立事件を同裁判所に移送する。
理由
抗告人は、「主文第一項と同旨及び相手方の保管する昭和三〇年商一第四、八二二号同年一二月一八日付大阪府知事の回答の基礎となつた大阪府事業場公害審査会(以下審査会という。)の審議録及びその内容、同審議録に抗告人の冷凍倉庫のアンモニヤパイプの振動写真及び大阪府事業場公害防止条例(以下公害防止条例という。)施行規則第二条による大同酸素株式会社の附近の見取図の添付の有無の検証並びに証人大阪府商工部長及川逸平の尋問をする旨の証拠保全決定を求める。」旨申し立て、抗告の理由は、「原決定は、昭和三三年六月一九日抗告人提出の疎明資料によつては、証拠保全の事由を認めるに足らないとして本件証拠保全の申立を却下した。しかし、相手方が昭和三〇年一二月二八日抗告人に対してなした『事業場公害防止条例による公害と認めない。』旨の回答は、審査会により適正合法になされた審議に基くものでなく、現行高圧瓦斯取締法規、建築基準法等に違反し、通産省、大阪府、大同酸素株式会社が共謀して公害防止条例に定める公害に当る場合であるのに公害でないとしたものであり、抗告人は、このため甚大な損害を被つているので、相手方、通産大臣その他三〇名を告訴したが、さらに右の者等を被告として損害賠償の訴を提起する準備中である。そして、抗告人は、その証拠として、一五、〇〇〇頁に及ぶ証拠資料を用意しているが、その最も重要な証拠は、僅か八件に集約され、内七件まで相手方に保存されている公文書である。しかるに、抗告人は、右公文書を閲覧することはできないばかりでなく、大阪府文書規程によると、文書保存年限区分標準は、(一)、許可、認可、承認関係の文書は、重要なもの五年、その他一年、(二)、各種資料類は、重要なもの三年、その他一年、(三)、往復文書は、一年となつており、本件証拠保全の目的となつている審査会の審議録は、右(二)の三年の保存年限の文書に当り、最終の審議がなされた昭和三〇年一一月一八日から三年後の昭和三三年一一月一八日保存年限が満了し、抗告人が、相手方等を被告として訴を提起しようとしている状況の下においては、右保存年限満了後直ちに右審議録等が廃棄されるおそれが多分にあり、かくては、抗告人は、右訴訟において致命的打撃を被ることは明白であり、証人大阪府商工部長及川逸平の尋問も現在尋問しなければその尋問が困難となるから、抗告の趣旨どおりの決定を求める。」というのである。
抗告人はその主張の訴訟のため使用しようとする審議録等は、大阪府文書規程(昭和二八年四月一日大阪府訓令第一〇号、以下文書規程という。)にいわゆる各種資料類中重要なものに当りその保存年限は三年であると主張するが、右審議録等が、その主張のような文書であると認むべき根拠は必ずしも明白ではない。公害防止条例第一二条第一項によると、審査会は、同条例第二条第二項第二号に規定する事項その他公害の防止上必要な事項につき、知事の諮問に応じ調査審議することを目的として設置されたものであり、同条例第一二条第三項によると、知事は、必要があると認めるときは、審査会に対し、右諮問事項の調査審議の状況等につき報告を求めることができることとなつていることが明らかであるから、知事の諮問に応じ審査会のした調査、審議に関する文書は、文書規程第二七条二の「往復文」中「諮問」文書に当る往復文書であると解すべきである。従つて、本件審議録は、文書規程別表第二文書保存年限区分標準番号13の「往復文書」にあたるものでその保存年限が一年であることは明白である。そして右保存年限は、最終の処分がなされ当該文書が完結されたときからその進行を始めるものと解すべきところ(文書規程第三四条参照)、記録によると、審査会の審議に基き、相手方が昭和三〇年一二月二八日付三〇商一第四、八二二号で抗告人に対し、「抗告人から陳情のあつた大同酸素株式会社堺工場の空気圧縮機から発生する振動については、公害防止条例による公害と認めない。」旨回答のあつた日に完結され、その保存年限は同日から進行を始め、昭和三一年一二月二八日の経過とともに満了するものというべきである。しかし、文書の保存年限が経過したからといつて直ちに廃棄されるものでなく、文書規程第三八条第一項によると、「文書課長は、文書保存年限の経過した文書を主管課長と合議の上廃棄するものとする。」となつているから、右廃棄手続に至るまでには相当の日時を要するであろうことは推測に難くない。従つて、本件審議録の保存年限はすでに経過していることは前記のとおりであるが、まだ廃棄されず存続するならば、これを検証することも可能であるというべきである。しかし、保存年限を経過した本件審議録は、前記廃棄手続により何時廃棄されるかわからないから、抗告人がその主張の訴訟において使用する時までに廃棄されるおそれはあるものと認められるから、廃棄手続完了前に証拠保全をしておかなければ、抗告人は、右訴訟において証拠として使用することができなくなるか、またはその使用が困難となるおそれがあるといわなければならない。そうすると、本件検証の証拠保全の申立は理由があるから、認容さるべきである。
右と異り抗告人の本件検証の証拠保全の申立を却下した原決定は、失当であるから、これを取り消すこととするが、右証拠保全は、管轄裁判所である大阪地方裁判所においてするのを相当と認め、右検証の証拠保全申立事件を同裁判所に差し戻すこととする。
抗告人は、当審において、新たに証人及川逸平の尋問を求める旨の証拠保全の申立をしたが、証拠保全の申立は、訴訟の係属中はその証拠を使用すべき審級の裁判所に、訴の提起前には尋問を受くべき者もしくは文書を所持する者又は検証物の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所にすることを要する(民訴法第三四四条第一項)ところ、記録によると、抗告人が右証拠を使用しようとする訴はまだ提起されておらないこと、抗告人申出の証人及川逸平の居所は大阪市内にあることが認められるから、右証人尋問を求める証拠保全の管轄は、当裁判所の管轄に属しないで、大阪地方裁判所の管轄に属するものといわなければならない。そこで右証人尋問の証拠保全申立事件を大阪地方裁判所に移送することとする。
よつて、民訴法第四一四条第三八九条第一項、第三〇条第一項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)